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学会レポート

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学会レポートシリーズ 2012年米国神経精神薬理学会年会
(ACNP:American College of Neuropsychopharmacology)その4
藤田保健衛生大学 宮川 剛

日本神経精神薬理学会の学会員の皆さまはよくご存知かと思いますが、ACNPはこの分野で最もレベルが高い学会だといわれており、ミーティングに参加すること自体がかなり困難な学会です。メンバーシップの審査が極めて厳しく、メンバーになってもミーティングに参加できるのは、メンバー本人と本人がスポンサーになって参加できる非メンバー1名のみ。日本神経精神薬理学会が枠を10個入手したということで、幸運なことに私も初めて参加させていただくことができました。
このミーティングでは、なんとポスター発表を行うにも参加枠とは別にメンバーのスポンサーが必要です。せっかくの機会ですのでポスター発表もぜひ行いたいと考え、私がバンダービルト大学に在籍していた当時メンターになっていただいていたHerbert Meltzer先生にお願いして探していただき(Meltzer先生ご自身のポスタースポンサー枠は、既に使われてしまっていた)、Fred Goodwin教授(リチウムが双極性障害に効果があることを初めて報告された先生で、NIMHのDirectorをやっていたような高名な先生)にスポンサーになっていただきポスター発表を行うことができました。このミーティングでは、ポスター発表するだけでも一苦労ということですね。この結果、限られたメンバーからの厳選されたものだけが発表されることになるわけです。

参加してみるとうわさに違わずレベルの高い参加者の密度が高く驚きでした。参加者の方々と議論をすると、まだ普通には浸透していないような新しい話でも、スーッと理解されて話がどんどん進みます。私たちの研究室が最近主張している「軽度炎症-未成熟脳」の概念・仮説はまだ出てきたばかりで、世界的にも着目している研究者の数は今のところごく僅かなはずだったのですが、この学会では、その考え方を支持するような実験データが続々と発表されていました。「軽度炎症-未成熟脳-統合失調症」のリンクを明示的に示している発表はさすがになかったのですが、ヒトの精神疾患患者死後脳の研究やモデル動物の研究で結果がばっちり一致してますねぇ、という発表がかなりあり、発表者・参加者の方々とこの考え方についての議論で大いに盛り上がりました。
いくつか例をあげてみます。
ハーバード大学のSabina Barreta先生は、統合失調症患者の嗅上皮からとったサンプルで、chondroitin sulfate proteoglycans(CSPGs)が落ちているということを発表されていました。CSPGsは、神経細胞の成熟にともない増加するperineuronal netという細胞外マトリクスを構成する物質です。 Barreta先生に質問したところ、やはり統合失調症患者の脳の一部に成熟異常があること示すデータとして解釈しているとのこと。こちらの「未成熟脳」仮説も紹介させていただき、意気投合しました。統合失調症とCSPGについては、Berreta先生の論文1もご参照ください。
以前、ハーバード大のTakao Hensh 先生のご研究室で研究員をされていて、マウントサイナイ医科大学で最近独立された森下博文先生は、パルバルブミン陽性抑制性細胞で選択的にGclcという酸化ストレスを制御する遺伝子をKOしたところ、perineuronal netが落ち、いわゆるcritical periodの時期を過ぎてしまっているのにもかかわらず、幼若時同様の視覚皮質の可塑性が保持されてしまっていることを報告されていました。パルバルブミンは統合失調症や双極性気分障害で発現が低下していることがよく知られていますが、森下先生のデータは、酸化ストレスや炎症が原因となってパルバルブミン陽性抑制性細胞が幼若タイプのものになっていることを示唆する結果であると思われます。
統合失調症、双極性気分障害、自閉症の患者死後脳でパルバルブミンが落ちているのは、パルバルブミン陽性抑制性細胞そのものの数が減っているということではなく、この種の細胞の成熟度が低下している(未成熟タイプになっている)ということである、という主旨の論文2の第一著者のMichael Gandal博士ともじっくりと議論をすることができました。Barreta先生や森下先生のデータ、私たちのデータについて議論し、「軽度炎症-未成熟脳」という考え方はたいへん有望である、ということで彼とも意見が一致しました。
他の学会での議論ですと、炎症と統合失調症、といっただけでも、話している相手の頭の上にハテナマークが出ているのがよく見えてしまう、ということも多いのですが、このミーティングではそういうことは全くなく、それらが関係あるのは当然、といった前提で話を進めることができたわけです。

私のポスターにも、この数年の自分の発表の中でも最もお客さんがたくさん訪れてくださって、しかも自分の説明が他のどんな学会と比べてもお客さんによく通じたようにも感じ、たいへんうれしく思いました。「軽度炎症-未成熟脳」仮説で、いろいろな知見が繋がって「目からうろこが落ちた」というようなことまでおっしゃってくださる先生もいて、さすがに気分が良かったです。SSRIの一種であるフルオキセチン慢性投与によって扁桃体の神経細胞が脱成熟するというサイエンス論文3の責任著者のEero Castren教授にも私のポスターをご覧いただき、そのあとに夕食もご一緒して議論することができました。私たちの研究グループの論文4をご覧になって、その影響を受けてそういう論文になったとのこと。実はそうではないかと思っていたので、それが確認できて良かったです。遺伝要因、環境要因、薬物などによって成体の脳が擬似未成熟状態になってしまうというのは私たちの研究グループが海馬歯状回で初めて報告したわけですが、これと同様の現象が扁桃体や大脳皮質でも生じるグローバルな現象だろうという話に徐々になってきていて、「何でこんなすごいことが今まで発見されていなかったのかとても不思議」とCastren教授はおっしゃっていました。

後日談もあります。このミーティングのあとに、アステラスアメリカ研究所の松本光之先生がACNPのメンバーになられました。松本光之先生とは「未成熟脳」仮説をベースとした共同研究を密接にさせていただいているのですが5,6、このミーティングで知り合いになったBarreta先生とともに、今年度のACNPミーティングのシンポジウム(Mini-Panel)として、「未成熟脳」仮説を中心テーマとする
“Neuronal Immaturity in Schizophrenia”
と題したものを提案し、なんとつい最近採択していただくことができました。
Castren先生とは、Hensh先生も含めて、「未成熟脳」ネタで共同研究のグラント申請を行うことになりました。また、こちらの研究室員であった梅森十三博士が、Castren先生の研究室にポスドクとして留学することになりました(5月はじめに異動しました)。
ポスターで紹介していた私たちの統合失調症モデルマウスについて、Martinos Center for Biomedical ImagingのAl Schroeder先生、Jacob Hooker先生にたいへん気に入っていただき、その後、ボストンでセミナーをさせていただきました。Martinos Centerは15テスラ(!)のげっ歯類用MRIを有しており、この統合失調症モデルマウスを使った共同研究を開始しました。
参加後に、ACNPの雑誌であるNeuropsychopharmacology (最新のImpact Factorは8.68)に今回のポスターで発表していたものも含め、2つの論文を投稿しましたが、ポスター発表で評判がよかったのが影響したのか、どちらもすぐ採択していただくことができました7,8

短い会期の間に、自分が行なっている研究とそこから出た仮説についてこれだけの濃密な交流を行うことができ、それがその後の実際の活動に少なからぬ影響があったということは驚くべきことです。これは、参加者や発表者を絞り込むACNPのユニークな方針のメリットが発揮された、ということなのかもしれません。グラントが採択されるか否かはわかりませんし、共同研究から成果が出るかどうかもわかりませんが、この会議に出席させていただいたことをきっかけに、このような具体的な活動に結びついたこと自体が素晴らしいことであり、普通では得られない貴重な体験であったように思います。これは、山脇理事長を始めとした日本神経精神薬理学会のご担当者の先生方のご尽力によりACNPの参加枠を入手していただいたから実現したことであって、深く感謝している次第です。
(平成25年7月4日執筆)

1. Pantazopoulos, H., Woo, T.-U. W., Lim, M. P., Lange, N. & Berretta, S. Extracellular matrix-glial abnormalities in the amygdala and entorhinal cortex of subjects diagnosed with schizophrenia. Arch. Gen. Psychiatry 67, 155-166 (2010).
2. Gandal, M. J., Nesbitt, A. M., McCurdy, R. M. & Alter, M. D. Measuring the Maturity of the Fast-Spiking Interneuron Transcriptional Program in Autism, Schizophrenia, and Bipolar Disorder. Plos One 7, e41215 (2012).
3. Karpova, N. N. et al. Fear erasure in mice requires synergy between antidepressant drugs and extinction training. Science 334, 1731-1734 (2011).
4. Kobayashi, K. et al. Reversal of hippocampal neuronal maturation by serotonergic antidepressants. Proc. Natl. Acad. Sci. 107, 8434-8439 (2010).
5. Walton, N. M. et al. Detection of an immature dentate gyrus feature in human schizophrenia/bipolar patients. Transl. Psychiatry 2, e135 (2012).
6. Shin, R. et al. The immature dentate gyrus represents a shared phenotype of mouse models of epilepsy and psychiatric disease. Bipolar Disord. (2013).
7. Takao, K. et al. Deficiency of Schnurri-2, an MHC enhancer binding protein, induces mild chronic inflammation in the brain and confers molecular, neuronal, and behavioral phenotypes related to schizophrenia. Neuropsychopharmacology (2013).
8. Ohira, K., Takeuchi, R., Shoji, H. & Miyakawa, T. Fluoxetine-Induced Cortical Adult Neurogenesis. Neuropsychopharmacology 38, 909-920 (2013).