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創薬へのPETの応用
2013.4
須原哲也
放射線医学総合研究所分子イメージング研究センター分子神経イメージングプログラム

はじめに
 医薬品の創製・開発において、臨床試験の成功率が低いことは製薬企業において大きな問題となっている。医薬品候補化合物は、実験動物を用いて詳細に薬の効果、安全性などを検討しようやく臨床試験を行うことができるが、臨床試験に到達した医薬品候補化合物の約90%が途中で開発の中止を余儀なくされているという事実が存在する。その主な原因の一つに、ヒトでの効果の予測や薬物動態の予測が非臨床試験からうまく予想でなかったことが挙げられる。ヒトでの効果の予測や動態の予測をより正確に行って創薬の成功確率を上昇させるために、これまでの評価法に加え分子イメージング技術を用いた薬物の評価が欧米のメガファーマを中心に積極的に行われており日本においても分子イメージングの創薬への応用が期待されている。分子イメージングの創薬への応用は、候補化合物を標識しその分布や動態を追跡するマイクロドース臨床試験や薬の標的分子のイメージングから薬の効果を間接的に評価する方法などいろいろな応用がなされている。ここではマイクロドース臨床試験を含む早期探索臨床試験にふれて、さらにPETを用いた非臨床試験についても紹介する。

マイクロドース臨床試験
 臨床試験における成功確率を上げるためには、ヒトにおいて好ましい体内動態特性を示す化合物を開発候補として選択することがきわめて重要である。マイクロドース臨床試験は、開発候補薬剤を薬理作用を示す予測用量の100分の一未満かつ100μg以下の用量で単回投与する臨床試験で、医薬品臨床開発初期段階においてその分布や薬物動態面から開発候補薬剤をスクリーニングし、絞り込むことを目的とした試験である1)。PETはポジトロン放出核種で標識したごく微量の開発候補薬剤を用いることにより、きわめて安全にその体内動態を測定できるだけでなく、その薬剤が標的臓器に分布しているかあるいは毒性発現臓器にどれだけ分布するかなどを定量的に測定できる。また静脈投与のみではなく、標識化合物を水溶液の形あるいはカプセルに封入する形で、経口投与することも可能であり消化管からの経時的な吸収過程を調べることもできる。このようなマイクロドース臨床試験は欧州医薬品庁が2003年に政策文書を、米国食品医薬品庁が2006年に探索的IND(Exploratory Investigational New Drug)ガイダンスを公表したことによって国際的なコンセンサスとなり、我が国においては2007年6月に厚生労働省からマイクロドース臨床試験の実施に関するガイダンスが公表された。

早期探索的臨床試験
 早期探索的臨床試験は米国食品医薬品庁が2006年に探索的INDガイダンスを公表したことから、我が国においてもその考えを導入する必要性が指摘され先に触れたようにマイクロドース臨床試験のガイダンスが公表され、さらにそれを含む形の早期探索臨床試験の指針の草案が報告されている。早期探索臨床試験は上記のマイクロドース臨床試験(早期探索臨床試験I型)、単回・準薬効用量臨床試験(早期探索臨床試験II型)、単回/反復投与・薬効用量臨床試験(早期探索臨床試験III型)に大別できる2)。早期探索臨床試験全体としては米国の探索的INDと同様な目的を持っているといえる。それは上記マイクロドース臨床試験が主に分布と動態に主眼をおいているのに対し、早期探索臨床試験II型、III型は薬理学的臨床至適用量決定のための初期臨床試験や作用機序検討用の臨床試験を含んでいる。
 薬理学的臨床至適用量決定のための初期臨床試験の例として以下に抗精神病薬の作用点である脳内ドーパミンD2受容体の占有率の測定法を示す。
 抗精神病薬の主たる作用点は、脳内のドーパミンD2受容体遮断作用であることからドーパミンD2受容体に選択性が高いracloprideを11Cで標識した[11C]racloprideが脳内のドーパミンD2受容体を可視化するのにもっとよく用いられている。抗精神病薬の脳内結合の評価は、ドーパミンD2受容体に選択的な放射性リガンドの特異的結合部位での競合阻害の程度を放射性リガンドの結合の変化で評価する方法が用いられている(図1、2)。
図1  PETを用いた脳内ドーパミンD2受容体占有率測定
抗精神病薬がドーパミンD2受容体に結合すると、[11C]racloprideと競合阻害を起こし[11C]racloprideの結合が低下する。

特異結合部位での受容体密度を反映するとされる結合能(Binding Potential; BP)を指標にして、抗精神病薬の占有率(%)は以下の式で求められる。
受容体占有率(%)=100×(無服薬BP-服薬BP)/無服薬BP
 この手法を用いたこれまでの研究では、治療域として線条体で70-80%のドーパミンD2受容体占有率が報告されており、占有率が80%を超えると副作用である錐体外路症状が出現することが示されている(図3)3)
 初期の容量設定がうまくいかなかった例として抗精神病薬スルトプリドが挙げられる。スルトプリドはベンザマイド系の抗精神病薬で、同様の構造を持つ抗精神病薬にスルピリドがあり現在の日本で認可されている臨床用量が両薬剤とも300-1200mg/日と同じである。ところがドーパミンD2受容体占有率70-80%の至適占有率を達成するのに、スルピリドでは1000-1700mgなのに対し、スルトプリドでは25-35mgで十分なドーパミンD2受容体占有率が得られることが明らかになり、過去の容量設定が必ずしも科学的根拠に基づいてなされたものではないことが推察される(図4)4)。実際臨床の現場ではスルトプリドは錐体外路症状を非常に起こしやすい薬として知られており、その一方でスルピリドは臨床用量で副作用を起こしにくい薬として知られていた。

非臨床試験
 医薬品の開発に当たっては初期のデータは非臨床つまり動物実験データに限られるが、この非臨床試験からどれだけ臨床試験の結果を類推できるかは、化合物の選択にきわめて重要である。このような観点から臨床試験と共通な指標を得ることができる非臨床PET試験は、他の非臨床試験に比較して臨床試験の予測性が高く、また種々のモデル動物も用いることができることから新たな治療薬の評価にはきわめて有用性が高い。さらにPETは生体で測定を行うため、同じ個体を用いて繰り返し測定することが可能なことから従来の非臨床試験に比べて統計上のばらつきを軽減できるだけでなく、使用する動物数を劇的に減らすことが可能となる。たとえば新規抗うつ薬の候補化合物Wf-516とすでに臨床で使用されている抗うつ薬フルボキサミンのセロトニントランスポーター占有率は以下のように比較できる。ラットにWf-516またはフルボキサミンを内服させ、                  
図2 服薬前後のPET画像([11C]raclopride)抗精神病薬がドーパミンD2受容体と結合すると、[11C]racloprideと競合阻害を起こし[11C]racloprideの結合が低下し、この低下の割合を定量することによって薬物による占有率が算出可能となる。
図3 抗精神病薬によるドーパミンD2受容体占有率と臨床効果および副作用の関係
抗精神病薬の用量を増すと用量依存的にドーパミンD2受容体占有率は上昇する。抗精神病効果は占有率がおおよそ70%を超えると認められ、占有率が80%を超えると副作用としての錐体外路症状が出現する。
図4 スルピリドとスルトプリドによるドーパミンD2受容体占有率認可されている臨床用量が同じであるスルトプリドとスリピリドの2つの抗精神病薬は、スルトプリドは少量の服薬で急激に占有率が上昇するのに対しスルピリドは緩徐な上昇曲線を描き、両者の生体での力価が全く異なることを示している。
図5 [11C]DASB を用いたラット脳内セロトニントランスポーターのPET画像
Wf-516およびフルボキサミンの投与量の増加に伴い[11C]DASBの線条体、視床および中脳への結合が低下、この低下の割合を定量することによってラットでも薬物による占有率が算出可能となる(文献5より引用)。

セロトニントランスポーターに選択的に結合するPETトレーサーである[11C]DASBを静脈注射すると、Wf-516およびフルボキサミンは、用量依存的に[11C]DASBのラット脳内セロトニントランスポーターへの結合を低下させ、このことにより上記ドーパミンD2受容体占有率と同様にセロトニントランスポーターの占有率が算出でき、Wf-516の力価がフルボキサミンの約5倍であることが明らかになった(図5)5)。一方モデル動物として多くの遺伝子改変マウスが開発されておりアルツハイマー病のモデルマウスとして脳内に老人斑を発現するマウスを用いることにより、アルツハイマー病のワクチン療法の非臨床段階での検証も可能になってきている。図6に示すように、遺伝子改変マウスを対象に治療標的であるアミロイドのイメージングと、脳内免疫反応を司るミクログリアの活性を反映する末梢性ベンゾジアゼピン受容体のイメメージングを組み合わせることにより、抗アミロイドβ抗体投与後に投与部位でアミロイドが減少し、同部位での免疫活性が高まっているのがわかる。アルツハイマー病のワクチン療法は時に副作用としての脳炎を引き起こすことが報告されているが、脳内の免疫系を同時にモニターすることにより、より安全なワクチン療法が期待される6)
図6 アルツハイマー病遺伝子改変モデルマウスに対するワクチンの効果
上段遺伝子改変マウスのアミロイド集積が[11C]PIBによって画像化されワクチン療法後、治療側のアミロイド集積が低下していることがわかる。下段はのうない免疫活性を司っているミクログリアの活性を[18F]FE-DAA1106によって画像化したもので、ワクチン療法後、治療側のミクログリア活性が上昇していることがわかる。

おわりに
 PETの創薬分野での活用の意義は、臨床試験につながる有効な基礎データを蓄積する非臨床試験から始まり、マイクロドース臨床試験による正確な動態の評価、さらに作用機序を検証し、正確な容量設定を行うことにより、それに続くより規模の大きな臨床試験へ進むかどうかの判断や臨床試験のプロトコールをより厳密なものにすることにより、結果として不要な臨床試験を減らし迅速かつ効率的な新薬開発につながるものと期待される。

【文 献】
1) 杉山 雄一, 馬屋原 宏, 池田 敏彦,他. マイクロドーズ臨床試験の実施基盤・第3報-早期探索的臨床試験の実施に関するガイダンス(案)-. 臨床評価,2007;34:571-594.
2) 杉山 雄一, 馬屋原 宏, 池田 敏彦,他. 早期探索的臨床試験(マイクロドーズ試験を除く)実施に関する指針(草案). 臨床評価,2008;35:633-650.
3) 須原哲也. 分子イメージングによる精神科薬物療法のエビデンス. 精神神経学雑誌, 2007; 109: 869-875
4) Takano A.,Suhara T.,Yasuno F.,et al. The antipsychotic sultopride is overdosed: a PET study of drug-induced receptor occupancy in comparison with sulpiride. Int J Neuropsychopharmacol; 2006:9:539-545.
5) Saijo T.,Maeda J.,Okauchi T.,et al. Utility of small animal positron emission tomographic imaging of rats for preclinical development of drugs acting on serotonin transporter. Int J Neuropsychopharmacol. 2009[Electric publication]
6) Maeda J.,Ji B.,Irie,.et al. Longitudinal, quantitative assessment of amyloid, neuroinflammation, and anti-amyloid treatment in a living mouse model of Alzheimer's disease enabled by positron emission tomography. J Neurosci. 2007; 41: 10957-10968.