VI. 移植後のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)

(本稿執筆:NPO日本移植者協議会理事長・大久保通方)


1.概況

われわれ移植者の多くは、健常者とほとんど変らない生活を送っています。移植医療が単なる延命治療ではなく、新たないのちを贈られ、新たな人生を生きることのできる医療であることを、移植者の術後QOLの状況を通して述べたいと思います。
移植医療は、一部の臓器を除いてほぼ術式も確立し、それほど難しい手術ではありません。その結果、移植の成否は、術後医療の充実にかかっています。現在の移植医療においては、患者の救命はもとより、より高い生活の質(QOL:クオリティ・オブ・ライフ)が求められているのです。
移植医療というと、臓器提供や臓器移植そのものに注目が集まり、移植者(十数年前までは移植患者と呼ばれていました)の術後についての情報は極めて少ないのが現状です。しかし移植者に取りましては、そこからが移植医療の始まりであり、それは臓器が廃絶するまで続きます。臓器移植と言う言葉を知らない人は、殆どいません。しかし国民は、移植者の術後の生活について、全く知らされていません。心臓移植を受けた者が、10kmのロードレースに出たり、100mを全力疾走するなど、全く想像していません。いのちはとりとめたものの病院と自宅を頻繁に行き来し、散歩程度の運動しかせず、静かに療養していると思っているのではないでしょうか。元気に社会復帰し、自分たちと同じ様に職場で働き、同じ様に学校に通っているなどとは全く想像していないでしょう。
NPO日本移植者協議会は、1991年10月にわが国唯一の移植者の全国組織として発足しました。臓器移植の普及啓発や移植者の支援活動を行うとともに、移植医療に関する調査研究の一環として全国の移植者の実態調査を行っています。調査は、1992年、1996年、2002年の3回にわたり、当協議会会員および各移植施設に依頼し行ったものです。2002年の調査では、全国から533人の回答が得られました。以下、2002年の調査結果を中心に、移植者の生活や意識について紹介します。

2.移植前の身体の状態

まず移植前の身体の状態ですが、腎臓移植希望者については、透析医療の進歩によってかなり改善されています。また肝臓移植希望者も、前回(1996年)の調査よりも「悪かった」と回答した人が25%減少しました(表1)。これは生体肝移植が普及し、移植時期を選択できるようになり、体調が悪くなる前に移植が行われるようになったことが影響していると思われます。しかし心臓移植希望者の移植前は、かなり体調が悪いことがうかがえます。

表1. 移植前の身体状態(回答数:腎臓422、肝臓63、心臓6)

腎臓(%) 肝臓(%) 心臓(%)
よかった 19.7 9.5 0
普通 47.4 17.5 0
悪かった 27.5 36.5 33.3
非常に悪かった 5.5 36.5 66.7

腎臓については、現在25万人以上が腎不全のため血液透析もしくは腹膜透析を受けており、その数は毎年1万人ずつ増加しています。血液透析のほとんどは週3回、1回4時間を必要とします。透析者はこの時間的制約のため、体調が良くても完全な社会復帰は困難です。また、わが国では諸外国に比べ透析療法の質が極めて高く、透析歴が30年を超える患者もいますが、10年生存率は4割と厳しい状況にあります。さらに長期透析患者では、関節や軟部組織にβ2ミクログロブリン(BMG)を前駆物質とするアミロイドが沈着することで、様々な病変が引き起こされます。透析開始後12年の患者で50%、20年後の患者には100%に透析アミロイドーシスが発症するといわれています。また透析者は循環器系の合併症も多く、すべての年代において65%から70%の人が高血圧や心疾患といった合併症を有しています。これらの疾患により、長期透析者のQOLは大きく損なわれます。加えてカリウムやリンなど血液透析で完全に除去できないものも多く、たんぱく質、塩分など厳しい食事制限と水分制限を行わなければならなりません。
肝臓および心臓の移植対象者は、概ね余命2年以内であり、QOL以前に生命に関わる状態にあります。わが国において心臓移植を受けた患者のうち、6割以上が移植前に人工心臓を装着しており、移植待機患者の中でも特に厳しい状況にあるといえます。

3.移植後の身体の状態

移植後の健康状態は、肝臓移植者が若干悪いものの、全体としてはほぼ8割が良好な状態にあります(表2)。運動能力に関する質問にも、歩行不可能との回答は0.8%しかありませんでした。ゆっくりとした歩行が可能と回答した人は45.3%あり、平均持続歩行可能時間は約1時間となっています。またジョギングができると回答した人も20%おり、その平均持続時間は40分となっています。これらを考えあわせると、移植後の健康状況は非常に良好であると推測されます。

表2. 移植後の身体状態(回答数:腎臓418、肝臓60、心臓7)
全体(%) 腎臓(%) 肝臓(%) 心臓(%)
全く健康 13.2 11.8 20.0 28.6
ほぼ健康 60.2 61.3 51.7 71.4
どちらともいえない 17.1 17.3 18.3 0
体調が悪い 8.5 8.4 10.0 0
非常に悪い 1.0 1.2 0 0

4.移植後の社会復帰について

ほぼ9割が社会復帰していますが、やはり肝移植者のみ若干その割合は低下します(表3)。肝臓移植者は他の臓器の移植者に比べ、C型肝炎などの再発率が高いことが、その原因として考えられます。しかし「社会復帰率9割」という数字は、移植医療が単なる延命治療でなく、社会的に貢献し、移植者に新しい人生をもたらす大きな意義のある医療であることを証明しています。

表3. 移植後の社会復帰(回答数:腎臓416、肝臓60、心臓8)
全体(%) 腎臓(%) 肝臓(%) 心臓(%)
健常者とほとんどかわらない 39.7 38.5 46.7 37.5
健常者には劣るがほぼ普通の生活ができる 49.0 51.7 30.0 50
どちらともいえない 2.7 2.9 1.7 0
あまり社会復帰しているとはいえない 5.0 4.8 6.7 0
ほとんど家か病院にいる 3.9 2.2 15.0 12.5

5.移植者の移植に対する気持ち

「移植後の気持ち」は、現在の体調が悪いと回答している人が約10%いるにもかかわらず、100%近い人が受けてよかったと回答し、受けなければよかったと回答した人はいませんでした(表4)。これは、移植の素晴らしさを如実に表しています。

表4. 移植後の気持ち(回答数:腎臓425、肝臓60、心臓8)
全体(%) 腎臓(%) 肝臓(%) 心臓(%)
受けてよかった 97.2 97.2 96.8 100
受けなかった方がよかった 0.2 0.2 0 0
どちらともいえない 2.6 2.6 3.2 0

表5. 移植を受けてよかった理由(回答数:腎臓412、肝臓60、心臓8、複数回答)
全体(%) 腎臓(%) 肝臓(%) 心臓(%)
健常者と同じ生活ができる 62.8 63.6 55.0 75.0
移植後体調がよい 56.4 57.0 61.7 50.0
社会復帰ができた 37.2 36.9 31.7 62.5
生きる喜びがある 51.2 49.3 56.7 75.0
生きていることに感謝できる 53.7 51.7 65.0 87.5
食事・水分の制限がない 65.0 68.9 15.0 25.0
時間の制限がない 57.1 60.7 11.7 12.5
透析を受けなくても良い 66.4 71.4 0 0

「移植を受けた意義」では、臓器によってかなりの違いがあります。心臓、肝臓移植では救命が第一ですが、透析療法によって生命を維持できる腎臓移植では、QOLの向上が第一にあげられています。透析療法でも生命は維持できますが、腎臓の機能を完全に代替することはできません。前述の通り、様々な合併症を引き起こすとともに、厳しい食事制限や水分制限、時間的制約などがQOLを損ねているといえます。

6.免疫抑制剤と合併症

臓器移植者は、移植された臓器に対する拒絶反応(表6)を抑えるために免疫抑制剤を服用しなければなりません。主な免疫抑制剤は、副腎皮質ステロイド、アザチオプリン、シクロスポリン、シクロスポリンと同様の働きで10年ほど前から使われるようになったタクロリムス、近年服用されるようになったセルセプトなどです。免疫抑制剤は、いずれも免疫力を低下させるため感染症にかかりやすくなり、加えて各薬剤には、それぞれ何らかの合併症が併発するという問題があります。ただし、近年の免疫抑制剤および投与法の進歩は著しく、拒絶反応と感染症の発症をコントロールし、多剤併用により極力合併症の発症を抑えることで、臓器移植の成績を飛躍的に高めるとともに、移植者のQOLも向上しています。

表6. 拒絶反応の有無(回答数:腎臓404、肝臓58、心臓8)
全体(%) 腎臓(%) 肝臓(%) 心臓(%)
なし 56.9 59.9 36.4 0
1回 20.4 20.5 27.3 25
2回 10.6 9.9 18.2 37.5
3回 4.5 4.0 13.6 12.5
4回以上 1.9 1.7 0 25
あり(回数不明) 5.7 4.0 4.5 0

ほとんどの移植者は何らかの合併症を抱えています(表7)。ただし、前回の調査に比べ、合併症を発症していない者が約3倍に増加し、全ての疾患において発症率も低下しています。これは前述の通り、近年の免疫抑制剤と多剤併用療法の進歩が大きく寄与しているものと考えられます。高血圧や高脂血症など、合併症の多くは薬剤や食事療法によって抑えることができますが、視力障害や肝障害、糖尿病など、少なからずQOLに影響を与えるものもあります。しかし実際には、大きくQOLを阻害する合併症は、それほど多くありません。

表7. 移植後の合併症(回答数:455、複数回答〔前回=1996年、回答数:410〕)
今回(%) 前回(%)
視力障害(白内障、緑内障等) 30.3 37.1
高血圧 25.1 34.9
ムーンフェイス 24.0 42.0
感染症(肺炎、ヘルペス等) 18.5 19.0
多毛症 17.1 39.5
高脂血症 15.2 21.5
貧血 14.1 20.0
糖尿病 9.5 11.2
肝機能障害 7.9 17.1
皮膚障害 7.5 15.1
肥満 7.5 13.9
脱毛 7.5 13.2
合併症なし 17.8 6.6

7.移植後の精神的問題

9割の移植者が、将来に対する不安を感じています(表8)。そしてそのほとんどが健康に対する不安です。これは移植臓器の生着に全てがかかっている移植医療の宿命です。また医療費や生活面での不安もあります(表9)。毎月の検診と投薬を、一生続けなければならないからです。特に肝臓移植では、医療助成がほとんどないため、医療費に不安を感じる割合が高くなっています。
このように様々な原因によるストレスを感じている移植者に対しては、精神的なフォローが極めて重要です。前回の調査では、ほぼ半数の施設で精神的なフォローを受けることが可能であったにもかかわらず、移植者自身は3分の1しか受けられることを認識していませんでした。また知らないと答えた人が43.3%もありました。しかし今回の調査では、移植者自身も精神的ケアの重要性を認識し、実際に受けられる施設が増加し、3分の2が受けられると回答としています(受けられる29.5%。一応受けられる36.8%)。それだけ精神的フォローの重要性に対する認識が、医療側と患者側で進んだことを示しています。

表8. 将来に対する不安(回答数:腎臓449、肝臓・心臓・肺72)
全体(%) 腎臓(%) 肝臓・心臓・肺(%)
全く感じない 2.3 1.6 6.9
あまり感じない 6.7 6.7 6.9
どちらともいえない 9.8 9.6 11.1
やや感じる 44.3 44.3 44.4
とても感じる 36.9 37.9 30.6

表9. 不安と感じる理由(回答数:腎臓433、肝臓・心臓・肺60、複数回答)
全体(%) 腎臓(%) 肝臓・心臓・肺(%)
健康 86.6 87.1 83.3
医療費 43.4 41.1 60.0
仕事 40.6 39.0 51.7
結婚 12.4 12.0 15.0
学校(進学を含む) 2.2 1.6 6.7
家族関係 10.8 11.5 5.0

8.移植者の社会的問題

移植者のQOLを阻害する要因の一つとして、社会的な問題があります。移植者の就労可能年齢における無職の割合は、男性で14.8%、女性で29.3%に達しています。前回の調査に比べ、無職の割合が大幅に増加しています(表10)。その理由としては、「適した職場や受け入れてくれる職場がない」が34.9%と一番多く、次に「体力に自信がない」26.8%となっています。また病気を理由に解雇もしくは退職した経験を持つ人が35.2%もあり、特に女性では44.3%と多くなっています。さらに、一般の人と変わらない健康状態で働いている人も平均給与は低いのが現状です。社会全体の雇用情勢が厳しいということもありますが、その影響を移植者はより強く受けているといえます。これは移植医療の理解が進んでいないことと同様に、移植者に対する社会的認知度の低さを表しているのではないでしょうか。

表10. 回答者の身分・職業
(回答数:男性255、女性219〔前回=1996年、回答数:410〕)
全体(%) 男性(%) 女性(%) 前回(%)
幼児・小学生 1.7 1.2 2.3 2.7
中高校生 1.5 1.2 1.8 2.0
大学生・専門学生 1.7 1.2 2.3 3.8
農林水産業 0.8 1.2 0.5 0.4
自営業・自由業 11.8 18.0 4.6 4.3
医療関係 2.1 1.6 2.7 0.2
会社役員 2.7 4.7 0.5 0
会社員・団体職員 25.9 35.3 15.1 37.3
公務員 7.4 11.4 2.7 8.3
パート・フリーター 4.9 0.8 9.6 6.3
その他 4.0 5.1 2.7 3.1
主婦・家事手伝い 13.1 0.4 27.9 22.4
無職 22.4 18.0 27.4 9.2

このように移植者には、移植後QOLを阻害する要因も多く存在しますが、先に述べたように97%が移植を受けてよかったと回答し、腎臓と心臓移植では約90%が、肝臓移植では80%弱が、健常者と同じか、または普通の生活が送れると答えています。また回答者のうち、移植後出産した女性は18人、移植後子どもをもうけた男性は23人います。この結果は、臓器移植が特別な医療ではなく、ごく一般的な医療として定着してきたことを示しているといえます。

9.移植者とスポーツ

一昔前は、移植者がスポーツするなど考えられませんでしたが、現在では移植後、体調が許すかぎり、積極的に運動をすることが勧められています。
前回に比べ日常的に運動を行っている人が大幅に増加しましたが、まだ6割が運動を行っていません(表11、12)。ウォーキングなどの軽い運動でも、日常的に行うことは、肥満の解消や標準体重の維持、糖尿病・高脂血症・高血圧など合併症の予防と改善、新陳代謝を促し身体全体のバランスの維持、またストレス解消などにもつながり、移植者にとってのメリットは計り知れません。

表11. 日常的にスポーツを行っているか
(回答数:男性246、女性210〔前回=1996年〕)
全体(%) 男性(%) 女性(%) 前回(%)
している 39.7 47.6 30.5 26.5
していない 60.3 52.4 69.5 73.5

表12. 日常的に行っているスポーツの種類(回答数:179)
全体(%) 男性(%) 女性(%) 前回(%)
ウォーキング 47.5 50.0 42.9 27.6
ゴルフ 10.6 11.2 9.5 11.4
水泳 8.4 5.2 14.3 8.6
ジョギング 8.4 10.3 4.8 8.6
体操 8.4 6.0 12.7 14.3

また、移植者による全国移植者スポーツ大会が、1991年より毎年、全国各地を巡回し開催されています。さらに移植者のオリンピックといえる世界移植者スポーツ大会は、2年に1度開催されています(表13)。2001年には、兵庫県神戸市において第13回世界移植者スポーツ大会が開催され、48の国と地域から移植者840人が参加し、陸上、水泳、テニス、卓球など11の競技で熱戦が繰り広げられました。この大会への参加者のほとんどは、移植前には運動など全く行うことができず、死に直面していたことを考えると、そのレベルはかなり高いといえます。

表13. 2005年世界移植者スポーツ大会優勝記録の一部
(年齢別のためベスト記録のみ抜粋)
競技種目 男性 女性
陸上 100m 11秒59 13秒68
400m 55秒66 1分09秒56
1,500m 4分55秒59 6分01秒72
水泳 100m自由形 1分00秒70 1分10秒22
400m自由形 4分58秒24 6分24秒72

ここまでに述べたとおり、移植者には全く問題がないわけではありません。重篤で命に関わるような合併症は少ないものの、ほとんどの移植者は何らかの合併症を持っています。また、臓器廃絶に対する将来への不安も感じています。社会の受け入れ態勢も十分とはいえず、就職や結婚などの悩みを抱えている人も少なくありません。
しかし、国民が移植者に抱くイメージとは大きく異なり、約8割の移植者は普通の生活を送り、社会の一員として貢献しています。移植者のQOLは極めて高く、同年代の健常者と同等またはそれ以上の人も多数います。今後は、QOLを阻害する医学的要因と社会的要因をさらに軽減することに努め、移植者の社会的地位の向上を進めて行かなければならないでしょう。
われわれ移植者は、いつもドナーに感謝しつつ、いただいた臓器とともに生きる喜びを感じています。亡くなった方からいただいた臓器であれ、家族から提供された臓器であれ、移植者にとっては大切な、贈られたいのちなのです。そのいのちの贈り物によって、新しくよみがえり、今生かされているのです。移植医療は必ずしも良いことばかりではありません。しかし、移植者のほとんどは、いただいた新しいいのちとともに、明るく前向きに生きようとしています。そしてその明るさが、全国移植者スポーツ大会や、世界移植者スポーツ大会を素晴らしいものにしているのだと思います。

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