一般社団法人 日本心不全学会

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血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版

作成 一般社団法人 日本心不全学会
作成班員 桑原 宏一郎(班長) 信州大学
安斉 俊久 北海道大学
猪又 孝元 新潟大学
絹川 弘一郎 富山大学
坂田 泰史 大阪大学
佐藤 直樹 かわぐち心臓呼吸器病院
南澤 匡俊 信州大学
外部評価員 斎藤 能彦 奈良県西和医療センター
筒井 裕之 国際医療福祉大学
山本 一博 鳥取大学
吉村 道博 東京慈恵会医科大学

*委員のCOIに関しては別紙のとおり

はじめに

BNPやNT-proBNP(以下BNP/NT-proBNPと記す)は心不全の診断、重症度、予後予測のバイオマーカーとして各国の心不全ガイドラインにおいて、その測定が推奨されている。2013年に日本心不全学会では、BNP/NT-proBNPの心不全診療における適切な使用を目的として「血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療の留意点」を作成し、わが国の臨床現場で広く活用されてきた。2021年、日本心不全学会、欧州心臓病学会、米国心不全学会の3学会が合同で、心不全の国際定義を策定し1)、血中BNP/NT-proBNP値の上昇が心不全の重要な診断基準の一つとしてあげられた。また、近年増加している左室駆出率の保持された心不全(HFpEF) では、左室駆出率の低下した心不全(HFrEF)や軽度低下した心不全(HFmrEF)に較べて、BNP/NT-proBNPが相対的に低値であることが多いこと、HFpEFの大規模臨床試験における患者組入基準にBNP/NT-proBNP値の上昇が含まれていることなど、HFpEFの診断においてもBNP/NT-proBNPは重要な意味を持つ。このような状況の中で、上記3学会からBNP/NT-proBNPに関する合同ステートメントが2023年に公表された2-3)。そこで今回、心不全の国際定義、日本循環器学会/日本心不全学会合同作成の急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)4)、BNP/NT-proBNPに関する最新のエビデンスなどを参考とし、血中BNP/NT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメントとして2023年改訂版を作成した。この2023年改訂版の主な変更点は以下の2点である。

1) BNP/NT-proBNPのカットオフ値(心不全診断、循環器専門医への紹介基準)に関する変更。

2) BNP/NT-proBNPを用いた心不全管理(ガイド下治療)に関する内容。

BNP/NT-proBNPについて

BNP/NT-proBNP生成は同じBNP遺伝子に由来する。BNP遺伝子からは、転写・翻訳後、BNP前駆体(proBNP[1-108])が生成され、その後、生理的に非活性のNT-proBNP(proBNPのN端から76個のアミノ酸[1-76])と生理活性を有する成熟型BNP(残りの32個のアミノ酸[77-108])に切断される。つまり、BNPとNT-proBNPは心筋から等モルで分泌されている(図1)

図1 BNP/NT-proBNPの構造模式図

BNP/NT-proBNPは、主として心室にて、壁応力(伸展ストレス)に応じて遺伝子発現が亢進し、速やかに生成・分泌されるため、壁応力が増大する心不全では、その重症度に応じて血中濃度が増加する5)。両ペプチドとも心室のみならず心房からも10%ほど分泌されため、心房細動などでも軽度上昇する。心筋へのストレス以外にも、両ペプチドの血中濃度に影響を与える因子がある。例えば、BNP/NT-proBNPともに腎機能の低下に合わせて血中濃度が上昇する。特にNT-proBNPはその代謝の殆どが腎臓からの濾過による排泄に依存しているために軽度の腎機能低下でも影響を受け、eGFR30ml/min/1.73m2未満の症例では増加の程度が大きくなる。また、高齢者でも一般に両ペプチドとも血中濃度が上昇し、急性炎症でも高い値を示すことがある。逆に、肥満者では非肥満者より両ペプチドとも低値を示す。従って、BNP/NT-proBNP値の解釈をする場合にはこれらの因子も考慮することが重要である。両ペプチドの測定にあたっては、BNPは血漿を用い、NT-proBNPは血清または血漿を用いる。

また近年使用されるようになった心不全治療薬であるアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)は1 分子中に ARB のバルサルタンとネプリライシン阻害薬のプロドラッグであるサク ビトリル(AHU-377)を 1:1 で結合含有させた化合物である。ARNIはネプリライシンの作用を阻害することで、BNPを含むナトリウム利尿ペプチドの分解を抑制する。そのためARNI導入時には内因性のBNPが一時的(使用開始後8〜10週目ぐらいまで)に上昇するため、BNP値の解釈に注意が必要である6, 7)。一方で、ARNI投与8〜10週経過後でのBNP/NT-proBNP値の上昇は予後不良と関連しており、ARNI使用中の心不全患者の慢性期管理においてはBNP/NT-proBNPはともに有用である8)

BNP/NT-proBNPを用いた心不全診断や循環器専門医への紹介基準のカットオフ値

本改定版での主な変更点は以下の3点である(図2)

1) 心不全の可能性があるBNPのカットオフ値の変更:BNP値40pg/mLを35pg/mLとした。

2) BNP値100pg/mLに対応するNT-proBNPカットオフ値の変更:NT-proBNP値400pg/mLを300pg/mLとした。

3) 心不全診断や循環器専門医への紹介基準の変更:BNP100/NT-proBNP400 (pg/mL)からBNP35/NT-proBNP125 (pg/mL)とした。

2021年、日本心不全学会、欧州心臓病学会、米国心不全学会の3学会合同による心不全の国際定義では心不全と診断する血中BNP/NT-proBNP値をBNP35pg/mL, NT-proBNP125pg/mL以上とした1)。2013年版では、国内で行われた多施設共同研究 J-ABSや 検診データなどを参考に9, 10)、心不全の可能性を考慮する血中BNP カットオフ値を40pg/mLとした。本改定版では、BNP 36.4pg/mLがHFpEF診断に有用との報告や、BNP34pg/mLが左室機能障害や左室肥大の鑑別に陰性的中率99.5%で有用であるとの海外一般住民データなどを参考に11, 12)、HFpEFも含めた心不全の適切な早期診断を目的に心不全の可能性を考慮するBNPのカットオフ値を40pg/mLから35pg/mLに変更した。同様に国際基準との整合性を考慮し、BNP 100pg/mLに対応するNT-proBNP値を400pg/mLから300pg/mLに変更した(図2)註)

註) NT-proBNP300pg/mLに相当するBNP値が100pg/mLとなったが、BNPとNT-proBNPとの換算を検討した本邦データからはNT-proBNP値300pg/mLに相当するBNP値は60-75pg/mLと若干低値な可能性もあり、今後の検討課題である13)

図2 BNP/NT-proBNPを用いた心不全診断や循環器専門医への紹介基準のカットオフ値

●基準値
BNP≤18.4 pg/mL
NT-proBNP≤55 pg/mL

BNPの基準値は前回同様に18.4pg/mLを用いた。これに相当するNT-proBNP値は55pg/mLである4, 9, 10, 14)。この値より低い場合には、潜在的な心不全の可能性は極めて低いと判断される。

●心不全の可能性は低い 18.4<BNP<35 pg/mL
55<NT-proBNP<125 pg/mL

この範囲では心不全の危険因子を有している症例でも、直ちに治療が必要となる心不全の可能性は低いと判断される9, 10, 15)。ただし、BNP/NT-proBNPだけでは心不全の程度を過小評価してしまう場合(収縮性心膜炎、僧帽弁狭窄症、発作的に生じる不整脈、一部の虚血性心疾患、高度肥満などを伴う心不全)もあり、心不全症状/徴候を十分に考慮し判断する必要がある。

●前心不全-心不全の可能性がある
35≤BNP<100 pg/mL
125≤NT-proBNP<300 pg/mL

構造的および/あるいは機能的な心臓の障害が存在するものの労作時息切れ、全身倦怠感、浮腫などの症状を認めない前心不全、または症状を認める心不全の可能性がある1, 16-18)。構造的障害(左室肥大、心内腔拡大、心臓弁膜症など)や機能障害(左室または右室の収縮機能低下や拡張機能障害など)の進展予防、あるいは心不全の発症予防や治療が必要となる可能性があるため、心不全の危険因子を有する症例では、胸部X線、心電図、心エコー図検査を実施する。対応が難しい場合は循環器専門医に紹介する。心不全を疑う症状や所見がなくても、慎重な経過観察が必要である。

●心不全の可能性が高い
100≤BNP<200 pg/mL
300≤NT-proBNP<900 pg/mL

心不全である可能性が高く心エコー図検査を含む心機能評価を早期に実施し、原因検索が必要である1, 2, 19)。最新の心不全診療ガイドラインに準じた標準治療を開始し、対応が難しい場合は循環器専門医に紹介する。

●高リスク心不全の可能性が高い
BNP≥200 pg/mL
NT-proBNP≥900 pg/mL

近い将来に心不全悪化による緊急入院や死亡などのイベントが生じうる高リスク心不全の可能性が高く、原因検索を行い、速やかに最新の心不全診療ガイドラインに準じた標準治療を開始する20-22)。対応が難しい場合は循環器専門医に紹介する。

BNP/NT-proBNPを用いた心不全管理について

・心不全診療においてBNP/NT-proBNP値に応じたガイド下治療が実際に予後を改善するかは個々の研究により結果は一貫していないが、最近のメタ解析では、死亡率の低下や心不全再入院の抑制が示唆されている23-26)

・急性心不全による入院患者では退院時のBNP/NT-proBNP値が入院時の30%以上低下(改善)していれば、退院後の予後(死亡や心不全の再入院などの心血管イベント)が良好であることが報告されている26)

・慢性心不全においては過去のBNP/NT-proBNP値を参照しつつ、個々の症例に最適なBNP/NT-proBNP値を見つけ、その値を目標として、定期的に測定をし心不全管理を行うべきである。前回に較べてBNP が40%以上, NT-proBNP が30%以上上昇した時には、心不全の増悪の可能性を考慮し、その原因を探索し、早期介入することが必要である2)(図3参照)

・心不全管理においてはBNP/NT-proBNP値を参考に最新の心不全診療ガイドラインに準じ た標準治療薬の強化を含めた適切な治療介入、生活習慣の是正(禁煙、断酒、減塩、食事や運動の適正化など)、多職種による介入などを含めた包括的な疾病管理が重要である。

図3 BNP/NT-proBNPを用いた慢性心不全管理

おわりに

BNP/NT-proBNPはその時点での心負荷の指標と遠隔期の予後を反映しているため、心不全のバイオマーカーとして心不全の診断、重症度判定、予後予測、治療効果判定に非常に重要である。しかし、これだけでは基礎心疾患までは判断できない。BNP/NT-proBNP値とともに、症状、徴候、心エコー検査を含めた他の検査と合わせて総合的に判断し、基礎疾患を考慮しながら、心不全診療ガイドラインに準じた標準治療薬を含めた適切な治療介入が重要である。本ステートメントが心不全をはじめとする循環器疾患の管理に対して、BNP/NT-proBNPを用いることで、エビデンスに基づいたより良質な医療を提供し、心不全の発症予防、治療を適切に達成するための指針となることを 期待する。

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